大 和 路 歩 き
山 の 辺 の 道

雪景色冬は、スキーや冬山登山を楽しまれる人も多いでしょう。ちょっとだけ歩きたいハイキング好きには寂しい季節に、正月明けから毎週山の辺の道を歩くツアーがありました。
桜井から天理を経て奈良公園まで、日本一古い国道といわれる三輪山麓30キロの道を4回に分けて歩こうというのです。
奈良で積もるのは珍しいという雪の中、トレッキングシューズにカッパ着て傘さして、雪景色を楽しみながら、道沿いの寺社や廃寺、陵墓、みかんや柿の果樹園をぬって歩きました。
面白い歴史ガイドさんがついてくれました。70歳近いご老体で、胃を取ってしまってから体力が落ちたといいながら、舌鋒鋭く、そんな大声でとこちらが気になるくらい、「存在すらはっきりしない初期の天皇の陵墓です。」なんて。

大神神社 三つ鳥居
大神(おおみわ)神社
雪の中、拝殿には大勢の参拝者がいて賑わっている
檜原神社の三つ鳥居
ご神体が三輪山という日本人の自然崇拝の信仰心が生きているらしい。決して高い山ではないけれど、手付かずの原生林は、うっそうとして神宿るらしき荘厳さを漂わせているように見えます。
檜原神社も、三輪山をご神体として、本殿はなく鳥居の両脇に小さい鳥居を組み合わせた三つ鳥居という珍しい鳥居がありました。三輪神社にも同じものがあるそうです。初期の神社は何でもあり、素朴に思ったとおりの造りだったのじゃないでしょうか。

奈良盆地雪景色 三つ鳥居
三つ鳥居の拡大写真

いつもは奈良盆地が見晴らせ、大和三山も見えるとか
長岳寺、鐘楼門左の写真は長岳寺の鐘楼門。これも非常に珍しい建築物だそうです。

面白いガイドさんからどこでも詳しい説明を受けましたが、メモもとらないし、片っ端から名所らしきところに入って、それが次々続くのですからどれが何やら。第1回だけは雪景色につられて写真が少し残っていますが、2回目以降は写真もほとんどなく、記憶ははるかかなたにかすんで・・・

大神神社のように、今も沢山の参拝の人でにぎわっているところもあれば、かつては日本で一番古い市があって賑わったという道の合流地点が、すっかりさびれているとか。栄枯盛衰、歴史の歩みを見てきた道が、今も広げられず車が通らず、よく残ったなぁと感慨が湧きます。



すけすけ神社ここは大変面白い神社でした。ご覧の通り、建物の真ん中が通り抜けできるようにスルーなんですよ。その両側も壁の上半分が桟しかなくて、シースルー、空気もスルーでスケスケ。
しかも本来入り口に当たるはずの鳥居よりも前に建っているのです。写真では手前側、奥にきっと本殿があったのでしょうが覚えてません。
2回目3回目のガイドさんは初回と違う人で、説明してくれたのでしょうが、面白い味付けじゃないと脳細胞が縮んでしまった記憶部分に引っかからなくて。情けない。
放し飼いされているきれいな雄鶏の鳴き声の大きかったこと!写真がなくてもそんなことは覚えてるんだから・・・

2回目か3回目かに、添乗員行方不明のまま、その日の行程の半分を歩くというハプニングがありました。“添乗員に何が起こったか”なんて2時間ものテレビドラマを作れそうだけど、ただ単に業務連絡のための電話を掛けるために離れていつまでも帰ってこなくて、ルートは分かっているのだから追いつくでしょうとガイドさんが出発したのでした。今なら携帯電話がありますから、ありえない話ですけど。
竹林を通り抜け、柿や桃の果樹園の横を通って、ハウスのイチゴを分けてもらいました。みんな奈良特産の果物ですねぇ。無人小屋の小粒のみかんを買ってほうばって、つくしやよもぎ摘みに余念のない人たちを横目に見ながら、あぁ、こういうところのは、犬も人間もおしっこ引っ掛けてるんだぁというガイドさんの声が届いた方がいいのか、届かない方がいいのか、ありゃりゃと思いながら歩きました。

相撲発祥の地というところまで少し坂道を登ったり、集落全体を外敵から守るため堀で囲った環濠集落を抜けたり、まわりの小高い丘は全部古墳だという、そのひとつには中にも入りました。盗掘で何もありませんが。天皇陵は特別大きく堀もめぐらしてありますが、古墳丘が畑になってしまっているのにも上って見ました。今でもまだ、高松塚古墳やキトラ古墳のような、歴史上貴重な古墳が見つかる土地柄ということが感じられました。なるほど古代ロマンの道でした。

4回目は、台風並みの大嵐で、体調も悪く、当日キャンセルしてしまいました。皇室ゆかりという帯解寺から白毫寺、奈良公園内万葉植物園まで、そのときの予定コースは、ひとりでも簡単に歩けそうと思いながら、いまだに実現できないでいます。
<1996年1月〜2月>